2005年08月07日

個展と団体展 其ノ弐

やふこそお越し下さいました。ろゆふ(う)です。ごゆるりと御愉しみ下さひませ。
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けふは立秋。二十四節気のひとつです。または本日から処暑までの期間。太陽黄経が135度の時、秋の気配が表われてくる頃。暦の上では秋になりますが、実際には「残暑」が厳しく、一年で最も暑い時期。本日より残暑見舞いとなります。

サテ、昨日の続きデス。

個展を開催するに、まず作品の制作自体が、団体展の際とは大きく異なって参ります。

団体展の場合は、作品の撰文にしても、用いる紙、墨の種類等、ただ一点のことだけを考えて選択していけば好いです。が、個展の場合、全体で十点なら、一点一点を、十点の中の一枚として、全体像を描きつつ、撰文なり、構成なり、組み立てていかねばなりません。額もの、掛軸もの、パネルもの、表装の仕方もすべて重要となって参ります。

個展をひとつの世界として捉えた場合、この全体像をを如何にするかによって、自らの発表するものの、見え方が違って参ります。当方が個展を経験するに当たって、一番悩んだ部分です。「虚殻空」を個展タイトルに決定するだけに、半年程はあーでもないこーでもないと悩み続けました。

制作の中で、その一点の作品としては、まあまあの出来かな、というものでも、作品展全体の中の一枚として改めて並べた際に、そぐわないというものも、出てきます。実際に、作品として書いてみたかったものを、表装までしたのですが、他の作品とのバランスに疑問が残るとして、會場へ展示しなかったものもあります。

勿論、それ以外にも、せねばならないコトが山積みです。案内状つくり、そして、配布。コレがかなり大事。実際に、たまたま案内状を手に取って下さった方が、何人もいらして下さいました。何処へ配布するかの見極めで左右致します。

個展會場の入り口のポスター等、団体展の際には考えたこともなかったモノも自ら用意しなければなりません。作品目録、芳名帳等、小物関係も色々と必要です。

016.jpg当方の場合、額や、軸装丁に当初からイメーヂを膨らませておりました。素材等、できる限り自らの理想に近いものを使用するという点で、押し通してしまい、財布が泣きを見るコトになりました。更にドカンときたのが、図録です。B5版ではありますが、40頁内、カラー頁8頁、表紙もカラーです。当初はこれ以上借金は出来ぬと断念しやふと思っていたのですが、「個展で図録が有ると無いとでは、大違い」とのアドヴァイスに施され、制作。確かに大きな出費となりましたが、今思えば、此の図録を思いきってつくったことは、間違いなかったと思います。現在名刺代わりとして、また、当方の作品を知ってもらう為にも説得力があり、無くてはならぬ一冊になっております。

兎に角、実際に取り組んでみると、今まで、突き当たったことのない数々の壁にぶつかります。其処をひとつひとつこなしていくことに、個展を開催する意義と愉しみがあるやふに思います。目的意識さえがあれば、何事も挑戦してみて損はありません。得難きコトは多ひです。

と蘊蓄述べつつも、次回個展について四苦八苦している当方でありました、呆。

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2005年08月06日

個展と団体展 其ノ壱

御晩に御座ゐます。ろゆふ(う)です。毎度お暑ふ中、御来訪有難ふ御座居ます。
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八月に入り、早くも一週間となります。二年前に帰国を機に、書道創作活動のみで生計を立てやふという無謀な計画を立て、今日に至りました。と、云いますか、他に喰うすべがありませんでしたので、ほぼ強引に自分で仕事を作り上げてしまったと云うほうが、妥当やもしれません:笑

作家であるからには、作品を発表せねばなりません。今までも、作品は公に発表して参りましたが、其れはすべて書道の公募展、社中展という、ひとつの団体展の中の一名としての発表でした。

公募展、となりますと、出品する寸法に規定があります。当方が所属していた社中展では、寸法に規定はありませんでしたが、やはり、其の社中展の中での作品の形式等を、ある程度意識したものになり、百パーセント自らの色で染めた作品とは云い兼ねるところがあるやふに感じます。

ある社中の中で周囲の刺激を受けつつ、学びつつ、書道に対する見解や、技術、感性を学んでいくことは、とても大切です。また、公募展へ出品するという過程の中では、普段よりは、沢山の枚数をこなし、今までとは違った大きな作品を手掛ける等、短期間に相当な技術、感覚を学ぶことが出来ます。なかなかひとりでは得ることができないことです。

ですから、一定の時期にある団体なり、師匠について書道を学ぶということの意義は大きいと思います。但し、ある一定の時期が過ぎたら、自分ひとりで、または、少人数で作品展をすることをお勧めします。公募展等のやふに、「与えられた」空間の中での発表と、ギャラリー探しから行う個展での発表は、根本から全く違ったものです。作品展の全体構想すべてがのしかかってくる個展、もしくは少人数展を開催することによって得られるものは、公募展の出品とは比較ができない程、得難いものがあります。

社中によっては、様々な「お決まりゴト」もあるらしく、なかなか個人での活動をしづらいという話も聞きます。どのやふに書道活動をしていくかは、それぞれの目的、考え方がありますので、あくまでもひとりひとりが納得する活動をするしかないと思います。が、もし可能なのであれば、あれこれ、考えずに、取り敢えずやってみる、という線もアリではないかと思ふのです。

あるジャンルの違う作家さんに、「書家と云われる方が沢山存在する中、他のアーティストに比べ、個展をする人があまりいないのは何故?」と、聞かれたこともあります。現実、他の作家さんに比べ、書家の方々で個展活動をされている比率はかなり少ないのが現状です。

当方の場合、昨年些か強引乍らも、個展を開催したことにより、多くを学ぶことができました。些か強引と云いますのは、正直、資金面で全く個展が出来る状態ではなかったにも関わらず、開催してしもうた、というコト。個展終了後、後処理がタイヘンな日々となりましたが、其れだけの価値があったことは断言出来升。

思いがけず、長くなってしまふ模様。
よって、続きはまた明日と云ふコトで、チャンチャン。

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posted by ろゆふ at 22:53| Comment(15) | TrackBack(1) | 書道雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月13日

書道に於ける『間』

涼しう御座います。体調管理にはお気をつけ下さひ。ろゆふ(う)です。
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昨日の記事で『間』という言葉が出てきまして、改めて『間』について、当方が何気なく感じることを綴ってみやふかと思います。

『間』といっても様々な分野で話題となることですから、当方の場合、やはり「書道に於ける間」というコトで。

『間』は色々な解釈の仕方もあるでせうが、ごく一般的に辞書で調べれば、

空間上、時間上の、二つのものにはさまれた範囲。あいだ。

書の場合、文字と文字の間のことでありますし、さらに、

漢字、ひらがなの一文字を書き上げる中でも、沢山の『間』によって、構成されています。

単純なところでは、例えば「二」の一画目から二角目に移る時の『間』、

さらには、「一」の起筆(最初に筆を入れたところ)から終筆(筆を紙面より離すところ)に至るまでの呼吸、これも時空間の『間』であると思います。

文字と文字のあいだの『間』が絶妙、

とよく云われる言葉ですが、何をもって絶妙というかは、これは基準はないでせう。感じ方は人それぞれ違ってくると思います。

この『間』というものは、実際に自ら書いたり、様々な作品(書に限らず、絵画でも演劇でもあらゆるもの)を観ることにより、躰で覚えて、個人個人の『間』というものもつくられていくのでせう。

『間』の拡がりのあるもの、もの凄く密集しているものもあります。
作家の呼吸次第で、表現として形として違ってきます。

書の場合、文字の書かれていない空間部分(余白)が、かなり重要視されます。この余白の部分、何も書かれていない、線としては置かれてはいませんが、書き上げる際には必ず書き手の息吹きが通っています。「気」は確実に通っています。

本文と落款(制作時や記名を書き付けたもの)の『間』、雅印との『間』、すべてにその作家のその作品に於けるリズムが表現されるのですね。

その息吹きが作品を御覧になった受け手に伝わるやふになったら、其れは本当に素晴らしいことだと思います。

何も書かれていない余白部分にも作品の「生命」を感じさせることができる作品、

これが、

『間』が生きている

というのでせう。
こんな書作品を創れるやふになりたい、と思ふのです。

『間』を体得するには、ジャンルにこだわらず、様々な文化に触れること、人とのコミュケーションの中でさえ、学べることは多いと思います。

生活そのものなのでせう。

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posted by ろゆふ at 10:37| Comment(22) | TrackBack(2) | 書道雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

表現手段としての書道のたわいも無い雑感


IMG_5200.jpg

様々なアーティスト活動をされている方々の個展やイヴェントへ出向き、直接観て、体感すると云うことは、同じ表現者として醍醐味でもあり、時に掻き乱され自分を省みるきっかけにもなります。

書道は共通伝達ツールである文字というものが基盤である以上、歴史の中に発展し、培われて来たものを体得し、咀嚼し、敬意を払いつつ、その中に如何に自己を表現していくかというものであると考えています。

文字を自分なりの「線」として表現するわけですが、空間の中に墨を放ち線となった時点で、すでに観客が居り、その受け手の感じ方はそれぞれ、、ということは当たり前のことです。

「放った」時点で(放り投げるわけではアリマセン)、受け手の中でまた様々な世界が展開される、何か引っ掛かってくるか、それとも興味を持たないか、気に入らないが、妙に気になるものが残るか、、。

是は、書道に限らず、すべての表現に通ずること。自分が好きでやっているコトだから、相手がどう受け止めようか、関係ないというのは、自己満足の範囲であれば、好いのかもしれません。が、やはり表現の醍醐味は受け手との「交じり逢い」です。

他のアーティストの方々の表現の場へ赴きますと、この放ち方に大きく刺激されます。スケールの違いを感じます。

昨夜、渋谷『青い部屋』で行われた朗読詩人、泉氏のライブへ参じ、感じたことでもあります。音楽やダンスとのコラボであったということもありますので、比較できるものではありません。が、その中にも表現の「解き放ち方」に、共感を得る部分が多く、果たして当方は何処に?と思わずにはオレズ、、。

飛躍した雑感にて、何卒御容赦の程ヲ。


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posted by ろゆふ at 10:29| Comment(10) | TrackBack(3) | 書道雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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