2005年04月10日

こばやし鷺游/書道活動歴

やふこそ、墨娯游帖へ。インテリア・アート書道家、こばやし鷺游です。


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全国公募東京書作展審査会員
賞状技法士(日本賞状技法士協会検定準1級)
あとりゑ 朱欒や(ざぼんや)主催

1991年 文部省認定硬筆書写検定1級取得
1997年 日本賞状技法士協会検定準1級取得
1998年 日本教育書道藝術学院師範免状取得
1998年 全国公募東京書作展 内閣総理大臣賞受賞
1999年 東京書作展選抜作家展 芸術新聞社「墨」賞受賞
2000年〜東京書作展審査会員
2001年 Stage de la calliglaphie japonaise ワークショップ主催(フランス国サヴォワ県)
2002年 創作発表サイト「筆文字遊び処 蜜柑や」開設
2003年 創作書道WEB SHOP「筆文字承り処 朱欒や」開店
2004年 
4月WEBショップ「リトルエイジア」ブライダルアイテム創作書道部門揮毫就任
5月個展「ぷろろーぐ」
 大阪トヨタ本社内 ギャルリー・サロン・ド・パンセ
7月個展「虚殻空」銀座 ギャラリーいず
9月個展「虚殻空」姫路 ギャルリー・サロン・ド・ソー
12月インスタレーション・パフォーマンス「まにをよぐ」
 姫路 ギャルリー・サロン・ド・ソー
2005年
7月WEBショップ『筆ギフト/ことほぎ』開店
11月個展『揺蕩孚』銀座 Gallery銀座一丁目
2006年
1月個展 『鷺游 書之空間展』横浜みなとみらい住宅展示場 JPホームモデルハウス
3月-4月 海外展出品 『日本美術の輸出』展 in MiArt2006 イタリア・ミラノ
6月〜 横浜『学びま専科』港南台スクールにて、書道教室講師担当
2008年
6月 『言祝ぎ』リニューアル開店
11月 横浜市中区円大院にて書道指導開始
2009年
3月個展『花信風 cashinfu』横浜市中区石川町ZAIM CAFE ANNEX
3月 横浜市中区関内にて墨娯書道教室アート書道コース開講



あとりゑ 朱欒や(ざぼんや)
こばやし鷺游 Kobayashi Royu

神奈川県横浜市中区山元町2-96 ヤマキハイツ2-202
tel/fax:045-663-1394
e-mail:info@royu-k.com






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鷺游解体新書

初めまして。こばやし鷺游です。御来臨下さり、誠に有難ふ御座ゐます。
「書道で食べていくのは至難のワザだからヤメトケ」と云われつつ、暗中模索にフリーの書道活動を展開中、お恥ずかしひまでの珍事の末、現在に至って居ります。

書は人なりと申しますので、かのやふな呆れた足跡を公表するには自滅行為やもしれぬーと思いつつ、少しでもこばやし鷺游といふ人物に興味を持って頂けましたら幸甚で御座ゐます。


[出生カラ物こゝろつくマデ]

茨城県水戸市にて出生。二月末、雪の降る日であったと母親談。水戸納豆をお八つかわりに此の当時は愛想好く成長。キャメラを向けられると腰をひね、媚びるやふな不思議なポーズを取る癖有り。

[小学生カラ中学生時代]

小学校三年生の書き初め展で、何故か学年代表となり大慌て。お習字教室にも通っていないのに、と親は我が子に隠された才能があるのではと錯覚。町内唯一の書道教室へ通わせようと試みるが、お習字の先生が同じクラスの最も天敵であったガキ大将のお父様であったコトから、断固として拒否。(ちなみにその男の子も代表となる)
以後、意固地さが祟り、お習字教室へは通うことは一切無し。

[高校生時代]

映画狂が高じ、演劇部所属。演じた役、ひねた借金取り、小柄なおじいさん。アルヴァイト三昧。高校生の分際で有り乍ら、五十万円を貯め込む。高校卒業と同時に家出。親不孝の始まり。

[シモキタ生活カラお仏蘭西へ]

不動産屋さんの目を誤摩化し、高校生の分際で独りで下北沢の安賃貸アパート契約。家賃参萬円。風呂無し、共同雪隠。昼間出版原稿校正ワープロ打ち、版下作成等のアルヴァイト業務をしつつ、夜間デザイン専門学校通ひ。専攻グラフィックデザイン科。

冬場、安アパートは寒くて仕方なく、映画館への入り浸り生活続く。オールナイトで酒酔いオジサンにからまれたコト、数回。観た映画はきちんと記帳。数えてみたら、年間七百本の年も有り。贔屓はアキ・カウリスマキ監督作品『マッチ工場の少女』

クラッシック映画にハマリ、アテネフランセのフィルム上映會へ足を運ぶうちに、「グルノーブル大学一ヶ月間のフランス語夏期講習」のチラシが目に止まる。数年前にイタリアに憧れ、ついでにヴェニス旅行も出来るといふ安易な目論みから申し込む。「シルブプレ」を「有難う」と勘違いしたまま、初の海外渡航。

お仏蘭西初入国。生まれて初めての海外に興奮しつつも、満足にトマトひとつ購入出来ず、落胆。語学夏期講習も完全初心者クラスで有り乍ら、フランス語のみの授業に脳味噌疲労困憊と化す。周りの参加者である友人らに支えられ、影絶え絶えつつも、帰国。

[お仏蘭西留学時代カラ書道の世界へ]

お仏蘭西の市場で八百屋のおばちゃんに無視されたコトへのショックが拭えず、奮起。一年後、二年間を目標に再びお仏蘭西留学を決行。アテネ・フランセの先生に友人を紹介してもらひ、南仏蘭西のエクサン・プロヴァンスへ。

マルセイユまで迎えに来て下さった友人、二枚目、目が青ひ。激しく赤面、話しかけられても何を云っているのか分からず。身振り手振りでなんとか意志を伝え、青い目をしたお兄サンの同居人、ピザ屋のアンチャンのお母さん宅へホームスティ。

お母さんシモーヌに連日ドツかれつつ、牛歩の如くフランス語進歩。

二年目、後ろ髪を引かれつつ、アルプス地方であるシャンベリーへお引越し。当時フランス国内でかなり安い目の語学学校有り、といふ理由から。このシャンベリーへの引っ越しが結果的にお仏蘭西との因縁を作り上げてしまふ。

エクサン・プロヴァンスでのシモーヌ教授効果で、シャンベリーの語学学校では上から二番目のクラス。併し、連日の宿題がほぼ論文書き状態で、次第に授業をサボリ、お仏蘭西での滞在資金目的でベビーシッター、葡萄狩り等、アルヴァィトに興じるやふになる。

ふとした御縁でシャンベリーの隣町、アヌシーへお引越し。日本文化に興味のあるご家族と仲良くなり、ベビーシッター、日仏文化交流を兼ねて同居させて戴くこととなる。

小学校のお習字教室拒否事変以来、筆で文字を書くことが好きであったものの、結局独学状態。今覚えば、いい加減な知識のもと、お仏蘭西の方々に書道の先生ズラして教授してしまふ。併し、墨がどうやって作られるか等、質問されてもまともに答えられず。日本へ帰るや否や、それなりの書道教室で基本を学ぼうと決心。

夏の休暇で、アヌシーのご家族とアルザス地方のヴァカンス村へ出掛ける。宿初施設が整っており、お仏蘭西の方々は一週間から二週間の休暇を楽しむ。此の地でふらんす人Lに引っかかる。

数ヶ月後、ふらんす人Lと同棲生活開始。Lはパン職人。半ばパン屋の女房状態となる。約一年後、母親の病と日本が恋しさで四年ぶりの帰国。帰国後、書道雑誌に掲載されていた書作品に惹かれ、その先生が院長をされているという学校の一日体験入学に足を運ぶ。ふらんす人Lとは遠距離恋愛の日々。

[書道とオトコ]

日本教育書道藝術学院へ入学。院長大溪洗耳。入学して数ヶ月、師範養成科院内展へ出品。何故か大賞を戴き、腰抜かす。

翌年、全国公募東京書作展へ出品。全紙1.5サイズの大きさを夢中に書きまくり続ける。消費枚数四百八十七枚。公開最終審査で友人と観に行くと、其の場で内閣総理大臣賞、半ば失神状態で友人と朝まで呑みまくり。

ふらんす人L、来日。結婚しやふと云われ、舞い上がり。展覧會場に居合わせたLを見て大溪洗耳院長、「あのフランス人は止めてけ」。

ふらんす人L、お仏蘭西へ戻る。再三のLの来仏の促しにも、もう一息書道を本格的に学びたい思ひが断ち切れず、たまにお仏蘭西入りしつつもすぐ帰国。書道にのめり込み状態続く。大溪院長、「フランスのパン屋は元気か」。

学院の同人展へ初出品。準同人で有り乍ら、最高賞である会長賞を戴いてしまふ。大溪院長、「結婚は止めておけ」。完全に錯覚状態に陥る。

お仏蘭西へも行きたし、書道ももう少し学びたし、と優柔不断な振る舞ひを繰り返していた処、ふらんす人L、電話口で「女ガ出来タ」

ヤケっぱちとなり、筆を折る。帰国後紹介でさせて戴いていた仏語翻訳も仕事も放棄してしまい(ご免なさひ)、暫く何もせず。心配して下さった旧知の方が、「仕事しなきゃどーする」と経営されている事務所へ引っ張り込んで下さる。

各種版下制作業務をしつつ、一年後、書道復帰。東京書作展審査会員へ推挙して戴く。競書への出品をしつつ、社中展に留まっている活動に疑問を感じ始める。

[独立へ]

働いていた事務所が突然倒産。失業保険で職探しをしていた処、ふらんす人Lより、一通の手紙届く。大いなる思い込みでお仏蘭西へ渡る。

同棲していた女性とは別れていたが、すぐに家を出れないということで、同居したまま。事情を察して下さった以前御世話になっていたシャンペリーのマダムの計らひで、お仏蘭西に滞在。このマダムの古い友人が三十年前に韓国の書家の弟子となり、以来中国古典書道にも通じていた方。感化され、お仏蘭西での書道ワークショップを主催、新聞にも取り上げて頂き、好評を博す。

幾度の日仏間行き来した後、引越しまでしてLとやり直さふにも人生劇場炸裂。此のままではイカンと、完全にお仏蘭西生活を後にすることを決意。別れるとなると情が込み上げ、二人して泪泪。仕方ナシ。再び洗耳院長に就いて書道をやり直そうと意を固め、帰路の航空券を取るや、突然師匠の訃報。呆然。恩返しせぬままであったこと、深く後悔。

何やっとるのかなーとヘコみ乍ら帰国。直後、個展會場を紹介される。応援して下さる方もいらっしゃると励まされ、心機一変。気を持ち直し、世間に作品を発表し、作品をご購入して戴ける書道作家として独立しやふと決心する。

二〇〇四年、銀座、大阪、姫路にて、計四回の個展開催。
二〇〇五年、銀座にて個展(十一月)。

現在、あとりゑ朱欒や主催。額、軸、パネルの書作品、筆文字ロゴデザイン等の受注制作、リトルエイジアさんとの共同企画の筆ギフトネットショップ『言祝ぎ』にて、ブライダルウェルカムボード大好評! シーズンには月間四十もの手掛けさせて戴きました。すでにお届けしたウェルムボードは二百点に迫ります。


仏蘭西より帰国後、現在は御蔭様で完全に書道一本で生活できる程度まで漕ぎ着けて参りました。書家としては駆け出しの身で御座います。敷居の高いと思われがちな書ではありますが、もっと一般の方々に無理なく親しんで戴ける、そんな書の普及の一端を担えるやふな活動をして参りたいと思ふております。人間としても未熟だらけの不束モノでは御座いますが、少しでもお気に留めて頂けましたら、嬉しく存じ升。
個展等で直接、お遭ひ出来ますコト、願いつつ。



最後迄目を通して下さいまして有難ふ御座ひ升。
充実した頁つくりを心掛けて参り升ので、何卒御愛顧戴けましたら幸甚です。
posted by ろゆふ at 00:00| Comment(10) | TrackBack(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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